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秋山は昭和天皇の料理を担当した。

天皇の朝食は洋食、
パンとオートミール、野菜、季節の果物。
体調が悪い時は野菜スープで炊いたご飯(雑炊)を食べた。

戦後、40歳を超えた天皇は食べ物の好みがあっさりした和食になった。
還暦を過ぎた秋山は、宮中の仕事後に天ぷら専門店で学び、
揚げたての天ぷらを出した。
それを食べた天皇の感想は「天ぷらは 熱いね」。

秋山はにぎり鮨にも挑戦した。
もちろん鮨を作った経験は無いので、
人参をシャリの形に削り、常に握りの作業を特訓した。
眠る時も握って寝た。

秋山が退職する時、天皇から初めて話しかけられる。
「これからは 体に気を付けて」
その言葉を聞き、秋山は男泣きしたという。
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帰国したのは良いけれど、西洋料理を知らぬスタッフにまずは教える所から。
ジャガイモの皮むきは転がしてみれば分かる。
まっすぐ転がらないモノはやり直し!キビシー!

天皇即位の晩餐会、という事なので滅多に味わえぬ珍味を1つ入れたい。
秋山が目をつけたのは北海道支笏湖の原生林に住む、ニホンザリガニ。
これを上質のスープにし、最初に食べてもらう事で
食事全体の印象を引き上げようと考えた。
これに対し、何と陸軍が全面協力。
兵が原生林に入り、3000匹も確保した。
鮮度が重要という事で、各地の清流で休ませつつ2か月かけて輸送。
このザリガニで作ったスープは高い評価を得た。

天皇の料理番 秋山徳蔵

明治1年生まれの秋山。
実家が仕出し料理屋で、陸軍宿舎に配達に行った際、洋食の美味さを知る。

20歳の時、借金を重ねてフランス・パリのホテルで修業開始。
当時、小さな東洋人はまともに相手すらしてもらえなかった。
同僚から「その寸胴鍋を持ち上げてみせろ」(ただしスープがたっぷり入ってる)と言われ、
スープを床にブチ撒けてから持ち上げてみせた事もある。
しかし仕出し料理屋の経験がある秋山の包丁仕事は
そんな彼らも一目置くレベルだった。

腕前が認められ、名門・リッツホテルでの修行中だった秋山に、
「大正天皇即位晩餐会を任せる」という指令が。
この時秋山、26歳。晩餐会まで残り1年。

(つづく)


あるラーメン屋さんにて。

…別ににゅうめんにしなくても…。
お騒がせいたしました。
近い型番のPCの、ジャンクキーボードを落札し、キートップのみを交換しました。



→のキーだけ、微妙に違うのがお分かりでしょうか。

サイズ的には同一なんですが、
交換したキートップは表面のへこみが無く、
表面処理もつるっとしてます。
フォントも細いですね。

現在の所、動作に問題無し。
かかった費用は商品代金+送料+振込手数料で1000円ほど。
良かった良かった、安心して年末を迎えられます。
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